過去の選択を無理矢理肯定する心理って面白いよね|認知的不協和状態
日々色々な選択をしながら生きている我々ですが、大きな決断を迫られる時ってありますよね
就職・進学・恋愛など、自分の人生を大きく動かす選択
こういう選択って、基本『こっちを選んで良かったんだ!』と思い込みながら生きてるらしいです
今日はそんなお話
認知的不協和状態を避けるために無理矢理肯定する
大きな選択を振り返った時、人間の脳内では自然と肯定するように働きかけるそうです。
なぜなら、自分の行動を否定してしまうと『認知的不協和』状態になってしまうため
認知的不協和
人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語。(中略)人はこれを解消するために、自身の態度や行動を変更すると考えられている。
Wikipedia 引用
つまり、過去の選択が誤りだと思うと『自己否定』になってしまうため、無理矢理肯定するのです。
考え方によっては、自然と楽になるよう脳が出来ているのですね
個人的に一番身近な例だと思うのは『人間関係』かなぁと
恋愛然り友人関係然り仕事関係然り、特定の人と一緒にいる時間が長い場合はその人と一緒にいる理由を後から付け足していくのです。
よくあるカップルの会話で『僕のどこが好きなんだい?』と彼女に尋ねると
『背が高くて、かっこいいし優しいから!』と返答をいただいたとしましょう。
すると『背が高い・かっこいい・優しい』の条件全て揃っていれば(あくまで主観)他の男性でも問題ないという事になります。
そんなはずはないので、結局一緒にいる理由は後付けで自分自身に思い込ませているところがあったりします。
脳科学的に言えば好きな理由はシンプルに『脳波が反応した』からにすぎません。
仕事上の認知的不協和はブラック労働招いてる?
僕は正社員経験がないので、ブラック企業に入社したことはないですが、バイトとして関わったことはあります。(多分バイト含めると結構な割合が経験してると思う)
そこで客観的に社員の人を見ていると、文句を言うわりに一向に誰も辞める決断をしません。
正直『あなたがいなくても会社は回るのだから、嫌ならさっさと辞めれば?』くらいのスタンスで僕はいるので、辞めない人たちが不思議でならなかったのですが、多分認知的不協和の心理が働いているんじゃないかなぁなんて思います。
散々会社の愚痴は言うけれども最終的に辞めない人に理由を尋ねると、だいたい辞める時期やら関わっている仕事仲間の話やら責任の話になります。
先ほどの恋愛の例と重なりますが、基本的に理由は全て後付けで、本当は数ある会社の中から自分が選んだ会社である以上、居続けることで認知的不協和を解消しているのかな?なんて思ったりします。
残酷な話ですが、10年後に今の仕事仲間と関わっている可能性はほとんどないし、そもそも1人社員が抜けただけで回らない会社は根本的に問題があるので、嫌なら撤退した方が良いと思います。
他の道選んだ自分なんてわかりようがない
人生が左右されるような大きな決断をした後にその時の決断を振り返っても、別の道を選んだ自分なんてわかりようがないので、考えるだけ無駄な気がします。
結果的にどっちの道を選んだとしても基本的には『こっちで良かったんだ』と思い込んでしまうので
認知的不協和は自分の過去の決断を無理矢理肯定する反面、本来居るべき場所ではない所にも自分を居させ続けてしまう性質があると言うのが僕の結論です。
諸刃の剣ですね。
先ほど仕事で例を出しましたが、恋愛も友人関係も同じ類です。
何か気持ち悪さを感じているのであれば、それはひょっとしたら自分の脳がその人と一緒に居続けている理由を無理矢理作り出して、肯定しているだけなのかもしれませんね。
そんな時には普段全然関わらない人と交流してみたり、外国へ旅することをオススメします。(今の時代交流会なんてググればいくらでも出てきます)
文化も環境も全く違う場に身を置くと、自分にとって本当に必要な人や仕事場を見直せたりするので。
谷口 峻路